雨とバッタ

アトリエから帰ろうとして車に乗り込むと、ダッシュボードの上に小さな小さなバッタを見つけた。
目を凝らすと、それは子供の頃によく捕まえたショウリョウバッタで、この大きさから判断すれば、さっき生まれたばかりだろうと思った。
小さくても大人のバッタと同じく頭が尖っていて、そのてっぺんから二本の触覚が上方へ向かってピンと立っていた。
こんなところにいるよりは外で自由を謳歌したまへと、僕は手で捕えて逃がそうとしたけど、そいつは、まず手の方に危険を感じたらしく、指の隙間からさーっと逃げていってしまった。
僕は慌てて扉を開き、バッタが逃げやすくなるように、その扉を少しバタバタと扇いでみた。
バッタの姿はどこかへ消えた。
その時、突然、湿気がひどくなり、首の辺りに汗がジンワリと浮いて出てきた。
ほどなく、車体に雨粒がぶつかってきて、あっという間に土砂降りになった。
空を見ると、雷の閃光が4本同時に空を横切った。
雷は短い時間に何度も何度も光って、その度に鋭い地響きが車のガラスをビリビリと震わせた。
さっきまで晴れてたのに、おかしな天気だ。
この豹変ぶりに恐怖を感じながらアトリエを離れた。
途中、雷様の支配から逃れることができて、家に到着するころには水滴もすっかり落ちて、車体は乾いていた。
車から下りた時、ふと、あのバッタはどうしたかなと思った。
その時、肩にかけた鞄のベルトに、あのバッタがくっついているのに気がついた。
見ていると、バッタはそこでピョンと跳ねて地面に下りた。

「なんか、バッタ君は何でも知ってるみたいやなぁ」と関西弁で呟いた、頭の中のあんた誰?